Phaさんの『ひきこもらない』を読んでの雑感

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こんばんは。ひろあきです。先日発売されたばかりのPhaさんの新刊『ひきこもらない』を発売日に買って読みました。

この本は各所に掲載していたエッセイを一冊にまとめたものですが、単なるエッセイとして以上に自分のような生きにくさを抱えた人間がこの世の中を生き抜いていく為のヒントが色々と散りばめられている指南書だと思っています。

そんな訳で今回はこの本を読んで考えさせられたことを書いていきますね。良かったら、最後までお付き合い下さい。

そもそもPhaさんとは

ここで著者のPha(ファ)さんについて、簡単にご紹介したいと思います。Phaさんは京都大学を24歳で卒業後、就職するも社内ニートとなり、くすぶっていた時にインターネットとプログラミングに出会い、衝撃をうけて28歳で退職後、本物のニートとなるも、ギークハウスというシェアハウスを立ち上げたり、各種メディアに出演したり、本を書いたりと多彩な活動をされています。

ついこないだもフジテレビの『ザ・ノンフィクション』に出てましたよ。まあ自分も観たのですが、見た目はホント普通の無職の人って感じです。

自分はそんなPhaさんの書いた『ニートの歩き方』や『持たない幸福論』、『しないことリスト』を読んでとても面白いと感じていたので、今回の『ひきこもらない』もとても期待していたのですが、予想以上の面白さでした。ここからは本書の中で特に自分が面白かった所をご紹介していきます。

街を家として使う

何年か前にミニマリストというライフスタイルが話題になりました。恥ずかしながら、自分もそのライフスタイルに憧れて、部屋の物をかなり処分したりしました。

本書の中では、それを更に進めて(Phaさんはミニマリストを意識した訳ではないのでしょうが)、生活に必要なものや、寝る場所以外を街に外注するということを新しい暮らしのスタイルとして提唱しています。具体的には本書では以下のように述べられています。

本を読んだりパソコンで作業をするときはカフェに行けばいい。食事はスーパーで買ったり外食したりすればいい。人と会うときはファミレスや居酒屋に行けばいい。風呂は銭湯やスポーツジムなどで入れるし、洗濯はコインランドリーでできる。近くにコンビニがあれば冷蔵庫もあまり必要ない。本棚がなくても図書館やブックオフに行けば本は読める。庭がなくても公園に行けばそこが自分の庭のようなものだ。

このライフスタイルは、筆者も認める通り、家の中で済ませるよりはお金がかかるのですが、家電を買ったりする初期費用がかからないのと家賃が割安なことを考えると十分魅力的だと思います。

自分は今は親と同居で実家暮らしなので、住居には全く困っていませんが、将来老朽化した家を出ざるを得ない時が来た時は、街を家として使うということを実践したいと思いました。

世の中にあふれるカフェイン

著者は不眠に悩まされていたのですが、友人がカフェイン断ちをしたことでよく眠れるようになったことを聞いて、自分もカフェインを摂るのをやめたところ、体調が劇的に良くなったそうです。

ただその代わり、世の中にあふれているカフェイン入りの飲食物を避けるのに苦労するようになります。その中での一文がすごいなと感じました。

この社会はカフェインであふれている。どこに行ってもコーヒーやお茶やコーラやチョコレートが提供される。ひょっとして、カフェインを与えて微妙にイライラしたせっかちな状態の人間を増やすことで誰か得をしている黒幕がいるのではないか、という陰謀論的な発想をしたくなるくらいだ。

実は自分も最近カフェインを摂る量を減らそうとし始めたのですが、確かにカフェイン摂取を0にするのは至難の業なんですよね。

カフェインが大量に含まれた飲料がエナジードリンクなどと称して売られ、また消費されている世の中を見ると、今の時代がカフェインを求めているのでしょうね。

また、カフェや喫茶店の本質的価値が時間と空間の提供であり、飲み物の提供ではないという指摘や、他者とのコミュニケーションという社会的欲求がなぜか原始的な精神変容行為と結びつく(意味がわからないという方は本書を読んでいただきたい)という指摘も唸らされました。

パチンコというゲームの本質

『ときどきゲーセンのパチンコが打ちたくなる』の項では、今や巨大産業となっているパチンコというものの本質を指摘しています。その中でも自分がそうだったのかと目からうろこだったのは以下の一文です。

パチンコというのは、「300回に一度当たりが出るサイコロをひたすら振り続けるだけのゲーム」と言っていい。

パチンコをやる人にとっては常識なのかもしれませんが、自分はパチンコを含めてギャンブルをやらないので、そういうものなのかと感心してしまいました。

パチンコ好きの人はその300回に一回しか当たりが出ないサイコロを振るためにパチンコの玉をお金を払って借りて、一喜一憂してる訳ですね。

そんなものにどハマりして、借金を作ったり果てはギャンブル依存症になってしまうのには、自分が考えるのには2つ理由があって、1つはリーチ時や当たった時の派手な演出に魅せられてしまうこと、そしてもう1つの最大の理由は300分の1の当たりが出た時の快感を脳が忘れられないというのが大きいのだと思います。

その点、筆者はギャンブルとしてパチンコをするのでなく、ある意味リフレッシュの為だけに数百円で済むゲーセンのパチンコを打つのだからやはりただ者ではないなと感じます。

この項では、それ以外にもギャンブルと宗教の共通性などを論じていて勉強になります。

終わりに

本書ではそれ以外にも旅に関することや街に関することも書かれていて、とても興味深く読むことができました。

いわゆる社会のレールからはずれてしまった方や生きにくさを抱えている方は是非一読をおすすめします。エッセイ形式なのでとても読みやすいです。

今回はこの辺で。それではまた。

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